20210418_生前の生活を思い描くとき、移民、入管

胃もたれる前に食べていたドーナツ。

を、遠い昔のように思い出す…   

少し前は、お腹が痛くてももたれても食べるというスタンスだったじゃないか、あの強引さを取り戻すんだ私。

 

そうですね。

(自己解決)

 

 

 

議員懇談会では気になっていた点を質問しましたが。(他にも細かく確認したいとこはあったのですが時間なさそうで一つに絞りました)

ご遺族の記者会見は、皆さんの表情から想いを受け取ることに専念しました。

 

お話を聞きながら、質問への回答を聞きながら、この事件が示していることや、ご遺族が抱く当然の疑問を改めて確認していました。

 

ウィシュマさんが亡くなられたことを、スリランカ警察から連絡を受け、詳しくは大使館で説明を聞くようにと促されたという経緯。

死因などの詳しい説明はなく、不明な点が多いために、メディア等から質問を受けてもその多くを答えられないということ。

 

女性はスリランカで教師をしていて、貧しい家の子供たちには無料で教えるなどもしていた。

日本人の生徒が礼儀正しいことから、日本という国を好意的に認識するようになり、海外での活動を考えたときに、安心な国として日本を選んだということ。

 

安心できる国として日本を信頼していたが、娘さんがなくなってしまった事や、それに関しての入管庁の説明に(質問に答えない対応を見ていていて)、信頼を欠いたこと。

 

病気や死因についての、国からの正式な報告が欲しいということ。

※入管の説明では納得できないし信用できない、と繰り返し述べられていました。

 

お話を聞いていて、ウィシュマさんという女性は、大抵のことでは”大丈夫” ”心配しないで”と気丈に振る舞い、そして貧しい子には自分の給料から食べ物などを買い与えて、授業料も取らずに教えるような、慈悲深い方だったのだという印象を受けた。

(そういう方が、支援者への手紙には、”食べたいです”と自身の命の危機を察知し、SOSを発していたことの深刻さを思う)

 

彼女のアイデンティティというか、誇り高いその意志や、豊かな感情を持った存在を、その尊いひとりである人を。

入管施設や日本社会は、ただの在留資格のない”ひとり(人)”にしてしまったのだと、感じた。

 

脱力状態がつづき言葉も発せられなくなった状態で、エラー表示で血圧も脈拍も測れなくなった方を放置して。

適切な対応をしたとして説明をする入管庁に、これからも収容者の身や難民認定審査を委ねてしまうことが許されるのだろうか。

 

入管法改正案には、司法の審査も外部医療の提供も約束されていない。

疑いの目を晴らして入管や政府が信頼を獲得するためにも、司法の審査や外部医療の提供は必要だと思う。


 

賛同できる方はぜひ署名を。

 

[入管法を改悪しないでください! “Open the Gate for All” ―移民・難民の排除ではなく共生を

 http://chng.it/6cHKgRpyyb ]

 

[日本で生きる!移民・難民とその家族に日本で暮らすための在留資格を認めてください!

 http://chng.it/NCmhGKdF8b ]

※本日4/18〆切の署名があるので注意


 

記者会見に応じてくれたご遺族や、その機会をもってくれたことにも感謝を思うが。

痛みをなぞりながら繰り返し言葉にすることの、負担を思う場面があった。

 

質問の最後の方で、ウィシュマさんの好きだった食べ物について聞かれたときに。

会見で初めて、ご遺族のみなさんがにこやかな表情を浮かべて、”ソーヤミートや豆カレーやココナッツを使ったサラダが好きだった”と話した。あの場面だけ、ウィシュマさんと共に過ごした生活の明るい場面が、ご遺族の心に映し出されたのだと感じた。

 

そうした、あたたかい記憶を灯して過ごす時間が増えていくためにも。

誤魔化しでなく、何が起き、どうして死ななくてはならなかったのか、真摯な説明が求められていると感じた。


 

(次の投稿へつづく)